城之内や本田と仲の良かったが武藤遊戯と仲良くなるのは時間の問題だった。
 すでに遊戯とは城之内達と共に何度も遊んでいるし、互いに友達だと公言したこともある。喧嘩は弱いし気弱だし、それでいて頑固な所もあるが普段は大人しく、何よりも優しさを持ち合わせているのがの知っている武藤遊戯だ。
 そんな遊戯に違和感を感じたのは、おそらくが誰よりも遅かった。季節外れの質の悪い風邪に掛かったは、一週間ほど学校を欠席し、快復していざ久しぶりに学校へと登校してみれば、遊戯の雰囲気ががらりと変わっていたからだ。

 人の性格が変わることなどそうそうお目にかかるものではない。
 心境の変化にしてはあまりにも皆が普通に受け入れていたものだから、疑問に思ったがこっそりと城之内に聞いてみたが、要領を得ない答えに疑問はさらに深まるばかりだった。

 遊戯の中に“もう一人の遊戯”がいる。
 そのことはなんとなく理解したものの、それが何故突然出てきたのだろう。パズルがどうのと言われたが、非現実的な話はあまり信用していないにとって、到底受け入れられる話ではなかった。かといって、城之内が嘘をついているとは思ってはいない。ただ、もしそれが本当の話ならば、受け入れられるかどうかはまた別の問題になってくる。
 そもそも、あまりにも遊戯と“もう一人の遊戯”の性格が違いすぎて、どう接すれば良いのかわからない、というのがの本音だった。
 「遊戯は遊戯だよ! 」と杏子や城之内は口にするが、から見れば遊戯と“もう一人の遊戯”はどう見ても別人にしか見えなかった。確かに、姿や口調は間違いなく遊戯に違いないのだが、醸し出す雰囲気や性格が、の知っている遊戯とはかけ離れている。そしてそれは、遊戯と話してる最中でも突然現れるものだから、尚更接し難く、は少しだけ遊戯と、“もう一人の遊戯”から距離を置くようになった。
 言い訳をしておくと、遊戯が嫌いになったわけではなく、一人の身体に存在する“もう一人の遊戯”に戸惑いを感じていただけである。

 遊戯たちとは行動を共にする、けれど話をする時は必ず誰かを合間に挟むことによって直接の会話を避けていたに、ある日、“もう一人の遊戯”が一人で帰宅途中のに声を掛けてきた。

「ちょっといいか?」
「……なに?」
クン、キミは相棒を……いや、“オレ”を避けているだろう」

 真っ直ぐに見つめてくる“もう一人の遊戯”の目はどこか確信めいていて、の心臓が密やかに跳ねた。
 実際に避けていたのは事実であり、それは誰にも気づかれないようにひっそりと行っていたつもりだったのだが、どうやら当事者からすればバレバレだったらしい。しかし、城之内や本田、そして杏子からは何も言われていないのを見ると、おそらく避けていた事に気付いているのは、遊戯と“もう一人の遊戯”だけなのだろう。

「……俺はそんなにあからさまだったかな?」

 隠すことなくが“もう一人の遊戯”の言葉を肯定すると、彼は小さく肩を落とした。
 その表情はどこか悲し気に見える。しかし、“もう一人の遊戯”とはが避けていた事もあり、それ程会話をした覚えがなく、また、遊戯とは別人だと思っているにとって、“もう一人の遊戯”は友達と呼ぶには酷く曖昧な関係だった。

「言っておくけど、お前の事が嫌いとかじゃないからな」
「……違うのか?」

 “もう一人の遊戯”の問いかけに、は小さく頷いた。
 しかし、説明するにしても本人を前にして本当の理由は言い難く、何より気恥ずかしいものがある。時折、遊戯に話した事が“もう一人の遊戯”に伝わっていたり、その逆の事も起こったりしているし、遊戯が“もう一人の遊戯”に対して話しているのを見ているとしては、遊戯にあまり知られたくはない。

「嫌いじゃないし、苦手、とかでもないと思う。……悪い、なんて言ったらいいかわからねぇ」

 はもともと友達は大事にする方だ。
 だから、それが例え非現実的な事であろうとも友達の身にそれが起こったのならば信じたいと思ったし、実際に二人の遊戯が存在していることをは知っている。しかし、頭では理解したものの、もともと否定的な意見を持っていたにとって“もう一人の遊戯”を受け入れる事はなかなかに難しいものだった。

 戸惑った表情を浮かべたが“もう一人の遊戯”に目線を向けると、“もう一人の遊戯”は小さく笑った。

「なぁクン、相棒がキミはゲームが得意だと言っていたんだ。……オレと、ゲームしようぜ」
「それはいいけど……遊べるようなものは何も持ってないぞ」
「何もいらないぜ。ゲームの内容は、コレだからな」

 “もう一人の遊戯”は拳を握り、に見せるように胸に掲げた。

「? コレって……」
「ジャンケンだ」
「それ、ゲームっていうのか? まぁ、お前がそれでいいなら俺はいいけど」

 “もう一人の遊戯”と同じように拳を握り、は胸の前に拳を握る。
 それを見た遊戯が空いているもう片方の手でを指差した。

「ちなみに、負けたら当然バツゲームだぜ」
「バツゲームって何する気だよ」
「そうだな、『一つだけなんでも言うことを聞く』っていうのはどうだ?」
「無理のない範囲で、だよな?」
「ああ、勿論」
「……いいよ」

 ジャンケンは全国共通の、いたってシンプルなゲームだとは思っている。グー、チョキ、パーのいずれかで競い、勝つか相子か、はたまた負けかの三択しか存在しない。一番手っ取り早く勝敗をつけるのには持って来いだし、何よりジャンケンは一瞬のうちに勝負が決まる。

「じゃあ、いくぜ。ジャンケン―――」





「じゃあな、クン。楽しかったぜ!」

 いつも遊戯と別れる帰り道に辿り着く。
 五本勝負となったジャンケンの勝負は既についていて、あとはバツゲームが遂行されるだけだったのだが、“もう一人の遊戯”は普段と同じように背を向けて家へと足を向けている。

「おい! バツゲームはどうするんだよ!」

 “ もう一人の遊戯”の背中へと声を掛けると、“もう一人の遊戯”はの方へと振り返り、の方へ指をさした。

「"オレと友達になる”こと。それがクンへのバツゲームだぜ!」

 どこかご機嫌な“もう一人の遊戯”は楽し気にそれだけを告げると、今度こそ自宅の方へと歩き出す。
 目を丸くしたは心の中で“もう一人の遊戯”が口にしたバツゲームを反復し、内容を理解すると小さく笑った。

「……やられた」

 五本勝負のジャンケンは二勝三敗で、の負けだった。
 五戦目まで勝負のつかなかったゲームは賭けとバツゲームもあって、たった五回の勝負でもそれなりに楽しめた。
 そして、バツゲームを受けた今となっても、多少の悔しさはあれど不快な気分は全くない。

「こんなの……バツゲームになんねぇよ、バーカ」

 おそらく“もう一人の遊戯”は、最初からこのバツゲームが目当てで勝負を持ちかけたのだろう。
 ジャンケンは運でもあるから、“もう一人の遊戯”が負ける可能性もなかったわけではないが、の、“もう一人の遊戯”に対する姿勢を崩したかったに違いない。
 そしてそれは見事に成功したわけだ。
 あれだけ接し難いと感じていたのに、“もう一人の遊戯”と勝負している内にそんな感情はいつの間にか消え去っていて、気付けば戸惑っていたのが嘘のように、は“遊戯”を受け入れていた。


(2016.10.31)

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