この日の午後から降り出した雨は、止むことを知らないかのように降り続けている。
 天気予報のお姉さんも今日は雨だと告げていたし、宇佐美に傘を忘れないようにと無理やり持たされたのも朝のことだ。おかげで雨に濡れる心配はなかったものの、じとりとした空気は苦手だったし、冬である今では少しの水でさえ触りたくはない。
 日が落ちるにつれて気温が下がり、冷たい風に震えながら手を擦り合わせる。これから暦が進み、さらに厳しい冬が待っていて、春になればは大学生になる。そして、その時までががボーダーで過ごせる最後の期間だ。

「おや、さん」
「空閑じゃん、なんか久しぶりだな」

 学校で会うのは珍しい相手には目を細めた。
 同じ玉狛支部に所属しているものの、ここ最近のは迫り来る試験のために猛勉強していたせいか部屋からほとんど出ることはなく過ごしていた。そのせいあってか春からの進路は決まったものの、後輩の一人である空閑に会うのは久しぶりのことだった。

「今日は三雲はいないのか?」
「オサムには本部で会う予定なんだ。さんは本部に行かないのか?」
「俺はこれから用事があってな。今日は支部にも帰れないんだ」

 春からの進路のために、揃えなければならないものが沢山ある。
 それらを揃えるには一日では足らず、荷物も増えていくばかりなので、は支部ではなく家へと戻ることが増えていた。

「ほうほう、タボウというやつですな」
「迅さんほどじゃないけどね」

 暗躍が趣味という一つ年上の先輩を思い出しながら、は小さく笑った。



 それから、少しだけ話をした。
 学校のこと、ボーダーのこと、支部の皆のこと。
 話していると時間はあっという間に過ぎてしまい、空閑は本部へ、は街へと行く時間になっていた。

「またな、空閑」

 トリオン体で過ごす空閑の小さい背中は出会った時と変わることのないままだ。
 パン、と勢いよく開いた傘は空閑の小さな背中を覆い隠し、空閑の顔は見えそうにない。

「……またね、さん」

 本部へと歩き出す空閑の背中は人混みに紛れ、はあっという間に空閑の姿を見失った。

「……アイツ、嘘を見破るのは得意なくせに、嘘をつくのは下手なんだなあ」

 少しだけ間のあった空閑の言葉の意味を、今朝、宇佐美に会わなければはずっと知らないままだっただろう。
 空閑が今日の夜には、この星を去ることを。

 もともと空閑は目的があって地球に来たと聞いている。
 それが達成されたのかどうかはには知る由もないが、春から遠い大学へ進学するには、もう二度と空閑に会うことはないだろう。
 ボーダーの提携外への大学へ進学するということは、ボーダーを続けていくのも難しくなる。は、支部長である林藤と何度も話し合いをした結果、ボーダーを辞めることにした。
 ボーダーを辞めるということは、ボーダーに関する記憶を消す、ということだ。それが良いのか悪いのかは今のにはわからなかったが、ボーダーで繋がった仲間が多いのは確かで、空閑もがボーダーでなければ知り合うことはなかっただろう。

「また、があるのはいつのことやら」

 異界人である空閑の存在を、が憶えているかどうかはわからない。
 それでも、空閑は間違いなくにとって、可愛い後輩の一人だった。


(2019.02.20)

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