「こんなところにあったのか」

 ベッドの床に転がっていた埃まみれの携帯は、以前が愛用していたものだった。
  使いやすく、それでいて形が気に入っていた事もあり、次々と発売される新型の機種を見送ってもなお、この携帯を使い続けていたことを思い出す。流石に何年も使い続けているとデータ容量や電池の消費が問題になってきて、完全に壊れる前にと買い換えたのがこの携帯の最後だった。あちこち傷が残り、塗装も随分と薄くなっている。携帯の電池はとうに切れていて、ボタンを押したところでうんともすんともいわなかったが、捨てる機会もなく残したままの電源コードを運良く見つけては久しぶりに携帯の電源を入れることにした。

 暗かった画面が明るく光り、携帯会社のロゴが出てくるのはいつの携帯も変わらない。次いで出てきた待ち受け画面には、懐かしい人物が映っていた。

「……悠」

 黒い制服に身を包み、と笑い合っている後輩――鳴上悠は、が高校時代に知り合った男だ。が三年の時に彼が高校に転入してきて、わずか一年で去っていった。もともとそういう予定だったらしいが、彼と、彼の仲間と過ごした一年は思った以上に思い出深く、生涯忘れることはないだろう。小さな田舎町に現れた彼は、いつも誰かに囲まれていた。人当たりがよく、ノリもいい。そんな彼を誰もが惹かれ、慕っていた。
 そんな彼が学年が違うがを先輩として慕ってくれたおかげで、春も夏も秋も冬も、おおよそのイベントを一緒に過ごしたことを思い出す。
 春はまだ知り合って間もなく、夏は一緒に花火をした。秋には文化祭で盛り上がり、冬はスキーにも一緒に行った。喧嘩も時々したし、悪戯を企てたこともある。
 鮮やかに思い出せる青春時代を、はこの携帯を見つけるまで、忘れていた。

 今ではすっかりスマートフォンに慣れてしまった指はぎこちなく、厚みのある携帯のボタンを押していく。アルバムの中には当時聞いていた曲も、悠から教えて貰った曲も入っていた。画像に至っては悠だけでなく、当時一緒に遊んだ後輩達も共に映り込んでいる。
 を含め、幼い顔をした後輩たちがこうして笑い合っているのをみるのは懐かしい。社会人になった今となってはなかなか彼等に会う機会が少ないからだ。彼等は今どうしているのだろう。連絡先は知っているし、彼等も社会人として働いていることは知っている。ただ、普段からから言葉を発信することは少ないせいか、彼らの様子を聞くには少しだけ勇気がいりそうだった。

 は再び画面に目を落とす。まだまだフォルダには画像が沢山入っていて、彼のいた一年がどれほど楽しかったのか、思い出さなくても簡単に想像がついた。は写真が好きだ。色褪せることなく、当時の事を思い出させてくれる。誰と一緒にいたのか、どういう風に笑っていたのか、当時の会話でさえ簡単に思い出すことができる。それに気付くまでは随分と時間が掛かり、写真も苦手な方だったが、今ではこうして写真が見れて良かったと、純粋に思う。
 だって、も彼も、友人達も、幸せそうに笑っている。

さん、何してるの」

 誰もいない筈の部屋から声が聞こえ、びくりとの肩が跳ねた。
 声の主はも良く知る人物で、の思い出の中では常に中心にいた人物だ。
 の後輩で、人気者で、高校卒業して何年か後にどうしてだかの恋人になった男だ。

「おかえり、悠。これ、懐かしいだろう?」

 が愛用していた携帯を悠に見せると、彼は小さく頷いた。
 悠に見せた携帯は彼も見覚えがあるらしく、待ち受け画面にいたっては二人で映っているものなのだから忘れようがない。

さん、こっちきて」
「ん?」

 手を掴まれて隣に並ぶ。
 悠は携帯を構えるとすぐさま小さな音がした。あ、と思った時にはもう遅く、そこには今撮ったばかりのと悠が並んでいる。不意打ちとばかりに撮られたの顔はどこか間抜けな顔をしていた。

「……撮るならそういえよ」
「じゃあもう一回」

 悠はもう一度携帯を構え、を隣に並ばせる。
 カシャリと小さく音がして確認してみると、先程よりは幾分か表情が柔らかいと悠の顔が映っていた。


文章リハビリ部 第141回 「塗装の剥げたフィーチャーフォン」提出より

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