「だ。……宜しく」
白ひげの仲間となり、新しく兄弟になった大勢の一人の中に、という男がいた。
オヤジやサッチに話しかけられても淡々と言葉を返し、にこりと笑いもしない男。お世辞にも愛想がいいとはいえないが、質問されたことにはきちんと答えているらしく、時折、首を縦に振ったり左右に振っているのが見えた。しかし、言葉数が少ないのかすぐに会話が終わるようで、話しかけた兄弟は少し戸惑いを見せている。
「、愛想よくだ!」「……してるだろ?」「もう少し!」「無理」
仲良くする気がないという訳ではないらしく、を諌めるような言葉があちこちで聞こえ、そのやり取りに、普段からこういう男らしいと気が付くと周りの空気が少し和らいだ気がした。既に大勢いる白ひげ海賊団の多くは陽気な男が多いが、のような男だって少なからずいる。
マルコが新しく入ってきた兄弟をこうして遠くから眺めて見るのは今に始まったことではない。
一番隊隊長として、兄弟として、新しく入ってきた兄弟の顔とを覚えるのはマルコにとって当たり前の事だ。もちろん、全ての兄弟を一度に覚えることが出来なくても、一度顔を見ておくだけでも船の中ですれ違った時に驚かなくて済む。
「お、なになに〜? マルコはああいうのがタイプだったのか?」
「そのフランスパン握り潰されたくなかったら黙れよい」
あらかた、新しい兄弟と挨拶をし終えたらしいサッチがマルコへと声をかけた。
冗談ではないというようにサッチの目の前で手のひらから拳へと握る動作を繰り返せば、サッチは顔を青くしてマルコから距離をとる。
「ちょっとした冗談じゃねぇか!」
「俺はそういう冗談は好きじゃねぇんだよい」
「でもマルコ、ずっとのこと見てただろう?」
どうなんだよ、とからかってくるサッチを面倒に思いながら、マルコは未だに挨拶しているに目を向けた。
むさ苦しい男達の中では顔は整った方であることは遠目にでもわかる。顔に傷があるわけでもなく、背も高い部類に入るだろう。イゾウとはまた違った顔の整い方で、女にはさぞモテるに違いない。しかし、誰に対してもにこりと笑むことはなく、淡々と自分の名だけを告げている様子は先程から変わることはなく、周りの声もあってか、どこか“言わされてる”感が拭えない。
「サッチの気のせいだよい」
確かにマルコはを見てはいたが、マルコが見ていたのはだけではない。
の隣にいるいかつい顔をした男も覚えたし、その隣にいる男の顔だって覚えた。今回、船に乗ったのはそれなりに人数が多い方だったが、白ひげと挨拶してる間も、そして今も、ずっと彼等の様子を見ながら顔を覚えていたのだ。
「まぁいいけどさ」
つまんねーの、と口を尖らせるサッチに冷めた視線を送りながら、マルコはが自分の方へやってくるのに気付いた。
「(そういや、挨拶がまだだったよい)」
コツコツと足音を鳴らしながらマルコの前に来たを前に姿勢を正す。
ずっと隅に居たマルコへの挨拶が終えていなかったらしい何人かの新しい兄弟がに続くように、しかし少し遠くからの後ろにいるのが見えた。
「、愛想よくだからな!」「その人は一番隊隊長で偉いんだから!」「ちゃんと挨拶するんだぞ!」
小声にはならない声でを応援している様子に、は随分と可愛がられているらしく、小さい子どもでもないのに、ここまで言われている男は後にも先にもだけかもしれない。
そんな彼等に少しだけ煩わしそうに眉を寄せていただが、結局文句を言うことなく、黙ってその声を受けていた。しかし、マルコの前に立ったは口を閉ざしたままで、マルコは苦笑いしながら右手を差し出した。
「マルコだよい」
右手からマルコの顔へとゆっくり視線が向けられ、遠くから見ていただけだけで気付く程の整った顔がマルコをじっと見つめている。
「だ。……宜しく」
今まで淡々と自分の名だけを告げていたが小さく笑った。
驚いた気配がマルコの隣からした気がしたが、その事にも反応が出来ないほどにマルコは動揺した。なにせ、今までにこりと笑いもしなかった男が、マルコの目の前で笑って見せたのだから、驚くなという方が難しいだろう。
マルコが動揺している間にの手がマルコの右手に触れ、挨拶を終えたとばかりにはマルコの前から静かに立ち去り、その場にはマルコとサッチの二人だけになっていた。
マルコの隣にいたサッチは自分の右手に目を向けるマルコを盗み見る。
その様子はどこか呆然としていたが、頬に赤みが指しているのをサッチは見逃す筈がなく、サッチは生まれて初めて、人が恋に落ちる瞬間を目にしたのだった。
(2018.04.08)