恋をしたら声が出なくなるなんて、どこの人魚姫なんだろうか。
 医師によれば、きっと疲れからきたのだろうという言葉を貰ったがはそうとは思えなかった。なぜならどこかの海で、どこの島の誰だったのか今では思い出せないが、とある場所で耳にした言葉ではこれは恋の病にあたるからだ。外でお伽話を聞くことなんてそうそうあるわけではないので、おそらくが通りかかった時に誰かがお伽話でも読み聞かせてでもいたのだろう。

 そんなお話の結末はなんだったか。
 相手が死ぬか、自分が死ぬか、成就しなければ声は元に戻らなかったのか。

 それが、まさか自分の身に降りかかることになるだなんて思ってもみなかったし、その相手が年下の男だと気付いた時には思わず頭を抱えてしまった。が女であったならば、好かれるように頑張るだけだというのに、男の身で何十年も過ごしてきたにしてみれば、まず自分の性癖に頭を抱え、男の身体に落胆するしかなく、嫌われることを恐れて言葉にすることも叶わない。いや、嫌われる云々前にただの言葉ですらも今は声に出来ないが。





 の声が出なくなってから一週間、最初は支障が出るかと思っていた仕事にもそれほど問題が出ることはなく、思っていた以上に快適に過ごしていた。
 誰かに用があれば肩や服を引っ張れば誰もが気づいてくれたし、長話をする時は筆談をすれば問題無い。は革命軍の人間だったが、普段から引きこもりとばかりに事務処理ばかりしているので、わざわざに連絡をしてくるような奇特な人間もおらず、電電虫はもともと持っていなかったことも幸いした。

さん、声は戻った?」

 海から海へと飛び回る参謀は、よりも忙しい筈なのに革命軍本部に戻ってくる度に度々声を掛けてくれた。それは声が出なくなる前からのコトだったが、が声をなくしてからというもの、度々から毎日へと変わり、第一声が変わることはない。

「…………」

 ふるふると首を横に振り、今日も今日とて声が出ないことを示すと、サボはいつも少しだけ肩を落とす。
心配してくれているのはわかっていたが、こればかりはどうしようもないし、治る見込みもありやしない。望みや希望もないのだから本来はが落ち込む筈なのに、そうならないのは自身が声の出ない理由が分かりきっているからだろうか。

「風邪……じゃないんだろ? 原因はわかってるのか?」

 まさか、貴方が原因ですだなんて言える筈もなく、は曖昧に笑った。

 そう、の好きな人は目の前にいるサボその人だ。
 革命軍の参謀長で、革命軍のトップツーで、なによりと同じ同性だ。憧れだけで済ませておけば良かったのに、はサボに恋をして、声が出なくなる病までかかってしまった。これがホントの恋の病だなんて、他人がかかったのであれば笑い話にしたというのにそれも出来やしない。
 自身、自分がそんな繊細だったなんて思いもよらなかったし、何より男に恋をしただなんて、いくら親しい人間であっても簡単に打ち明けられる話でもなく今のところ黙秘を貫いているが、を診断した医者には、もしかしたら気づかれているのかもしれない。

「……さんの声が聞けないのって、やっぱり変な感じ」

 拗ねたような口振りでサボがの頬に手を伸ばす。
 目を丸くして大人しくしてるにサボの指が触れると、跡でもつきそうな位強く引っ張られ、は降参とばかりに慌てて机を叩いた。サボが本気を出せば頬なんて簡単に引きちぎれるだろうから、加減をしてくれているのはわかっている。

 サボが手を離すと同時にじんじんと痛む頬に手を当てて、講義するようにサボを睨むが非力なが睨んだところでサボが怖がるはずもなく、講義する声もあげれないはただひたすらサボを睨みつけた。痛いだろ、と口パクをしても伝わってるのかいないのか、サボはどこか涼し気な顔をしている。
 コイツ、絶対に悪いと思っていない。

 触られたこと自体は嬉しい筈なのに、恋する男心を弄ばれたような気がする。けれど、それをサボに知られるわけにはいかないことがもどかしい。

「…………早く治ればいいのに」

 そう思ってくれることも、心配してくれたことも嬉しい。けれど、の病が治せるのはサボだけなんだと言えるだけの勇気は、にはまだ持ち合わせていなかった。


(2017.11.06)

inserted by FC2 system