答え合わせのない答え


 が「この世界」に来て、何年の月日が経っただろうか。
 人が少ない電車に乗ろうとして、時間がないからと走ってしまったのがいけなかったのだと、今にして思う。階段を踏み外し、電車のドアが閉まった音を聞きながらはごろごろと階段から落ちて行ったのが、記憶にある「もとの世界」の最後だった。
 今まで生きてきた場所とは別の世界だと気付いたのは、それ程に時間は掛からず、自棄になって辿り着いたのが白ひげ海賊団だった。



「あと十分もしない間にもう年明けか。今年はなんだか早かったと思わないか?」

 が話し掛けたのは、何か月か前に弟になったばかりのエースだった。
 一方的ではあるが、エースと出会う前から顔もその名や生い立ちさえも知っていたにとって、エースは憧れの存在でもあったが、今では可愛い弟でしかない。馴れ馴れしく話し掛けてくるに対し、最初はエースも警戒していたものの、がただ単に「弟を可愛がっている」ことに気付いてからは、エースとは話す機会が目に見えて多くなった。

「あー、そうだな。今年は色々あったし」
「色々、な」

 怪我もしたけど家族が増えたし、可愛い弟も出来た、と指折り数えるにエースは照れたようにそっぽを向いた。
 大晦日に続いて正月だからと既に宴会が始まっているモビーディック号の甲板には大勢の兄弟達が既に赤ら顔になって楽しんでいるのが目に映る。の手にも一本の酒瓶が握られていて、瓶の中の酒は半分くらいに減っていた。
 
「お、日付が変わるな」

 兄弟達が合わせてカウントダウンを始めた声が聞こえた。
 五、四、三、二、一。
 「ハッピーニューイヤー!」と楽しげに叫ぶ兄弟達を尻目にはエースの方へ顔を向けた。

「エース、おめでとう」

 の言葉に、エースは少しだけ背中が冷えるのを感じた。

 一月一日。
 その日は、まだ出来たばかりの家族には教えていないが、エースの誕生日でもあるからだ。
 あまり誕生日を快く思っていないエースにとって、その言葉はただの新年のあいさつだけであり、他の意味など含まれるはずなどないと、わかってはいる。

「……明けまして、を忘れてるぜ」
「ああ、そうだった。明けましておめでとう」
「おう、おめでとう、

 は出会った時から不思議な男だった。
 スペード海賊団の船長であり、常に白ひげ海賊団の船長であるオヤジの命を狙い続けてたエースを警戒していた兄弟達も多かった中、だけは無防備に近付いてきたことを覚えている。
 さして強いわけでもなく、時折、常識ともいえることすら知らなかったりするを妙に感じながら警戒心を抱いていたエースは、それすらも必要ないと気付いてからは、自覚している位にはを慕っている。
 しかし、は時々、こうしてエースの心臓を驚かせることも多かった。
 
「おめでとう、エース」

 がエースの頭を撫でる。
 その優しい手つきと声に、エースは複雑な心境だった。

 誕生日を教えていない相手に祝われるはずがないし、何よりこれは新年の言葉でしかない筈なのだ。
 しかし、を見ていると、そんな風には思えなくなってくる。

 だって、これではまるで。
 誰も知らない筈のエースの誕生日を、祝われている気分になるからだ。


(2016.01.01)

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