ミンミンと元気よく鳴く蝉の声を聴く度に、はあの頃の――自分がまだ、スタイリストとして活躍していた頃の事を思い出す。
 もう何年も経つのになぁ、と心の中で思っていても、やり切れなかった情熱と悔しさだけが胸の中で燻っていて、それが消化されずに延々と残り続けているせいだ。

さん」
「お、来たか。待ちくたびれたっての」

 待ち人である山田とは、スタイリストとして仕事をしていた頃に出会った。年下の彼は、希望を抱いて夢に向かっていた真っ最中で、芸能界という辛く厳しい世界の中でもいつも絶やさず笑顔を振りまき、周りを明るくさせていた。
 そんなも山田の魅力に捕らわれた一人だったし、だからこそ一緒に仕事をしたいと思ったわけなのだが、今はまだ、当時の詳しい内容は割愛する。
 結局、山田はいろんな事が重なって表立った仕事を辞めてしまったし、もスタイリストとしての仕事からは遠ざかっていた。
 今でも綺麗な服を見るのは好きだし、自分でお洒落をすることも、相手を着飾る事も好きなのだが、あの頃のような情熱は到底持てそうになく、今は違う仕事を手にして日々を暮している。
 昔とは違い、電話一本、メール一通、アプリを通して連絡が出来る今では当たり前のこのご時世に、わざわざ会う時間を作る必要は、本当の所はない。それでもは、忙しい時間の合間をぬっては山田に度々会いに来た。
 頻度はまちまちだし、連絡をせず突然会いに行くこともある。連絡してよと怒る山田に素直に謝り、突然訪問したお詫びとして御飯に連れて行く事がいつしか恒例になっていた。
 世界を飛び回っているが帰国してまで会いに来る理由は、スタイリスト時代に可愛がっていた後輩ということもあるのだが、山田にとってが、唯一我儘を言える大人なのだと気付いてしまったからだ。





 「それで、今年の夏はどうだった?」

 テーブルに乗り切らない程の御飯を食べながら、いつものように山田に問いかける。
 酒と煙草には苦い思い出があるせいか、大人二人の夕食だというのに、テーブルに並ぶのは食べ物ばかりだし、飲み物に至ってはジュースやお茶ばかりが並んでいる。
 山田が未成年だった頃には、山田が成人した年にでも酒をご馳走しようと話をしたことがあるが、おそらくこの先、その時が訪れることはないだろう。

 「海になら行きましたよ。寮生の皆と」

 運ばれてきた皿を一つずつ丁寧に、かつペロリと食べきってしまうあたり、山田の胃袋は空腹を訴えていたらしい。初めて連れてきた頃はぎこちなかったナイフとフォークの使い方も、今では中々様になる程に上手くなっていた。
 も山田に見習うように、目の前の料理を口にしながらこのひと夏の出来事を振り返る。しかし、振り返ったところでサラリーマンのには休む暇などなく、固い椅子に座って延々と話し合いをしていた事しか思い出せそうにない。忙しい時間の中で国外から国外へと渡り歩いていたが、それも仕事の一つであったし、観光する間もなく日本に戻ってきて今に至る。年中同じようなことを繰り返しているせいか、旅行という気分にならなければ、気晴らしにもなりそうにない。

 「……羨ましい。俺なんか仕事ばかりで夏らしいことは何にもしてないっての」
 「じゃあ、します? 夏らしいこと」

 悪戯っ子のような笑みを浮かべる山田は、今となっては見慣れたものだ。
 もともと人をからかうのがどこか好きそうな感じではあったが、仕事のイメージ上それを表に出すことはなく、いつもにこやかに笑っていた山田の笑い方に変化が出てきたのは随分と親しくなった頃だ。

 酒も煙草もしないと山田の食事は甘いデザートで終わりを迎え、来た時と同様に車に乗り込んで少し走った先で、山田が見慣れたある建物を指差した。
 はいはいと、言われるがままに立ち寄ったコンビニエンスストアには夜遅くとあってか、店員の他に客が一人か二人いる程度だ。

 コンビニに入って早々に、「はい、さん」と言って山田から渡されたものは、この時期では珍しくない花火セットだった。
 存外に、買ってこいと言っている辺り、そしてそれを買うとわかっている辺り、こういう所で山田はわかりにくくに甘えてくる。傍から見ればただの横暴にしか見えないが、それが許されるのだと知っている。
 山田にとって恩人であり、にとって知人でもある氷室聖の前ではこんな事を口にすることも、行動する事もないだろう。
 会計横にあるライターを一本買い足しておきながらは早々に会計を済ませると、山田はいそいそと袋を開けた。





 水対策にと海まで来たと山田は、子どもみたいに火のついた状態で走り回ったり、片手で二本も三本も持つ山田を怒りながら、なかなかに量が多い花火をやり終える。

「ちょっとは夏を満喫できました?」
「おーおー、お陰様で。花火とか最後にやったのいつだったかな」

 仕事を始めてからは一度もした覚えがない。遠くから眺めた花火を見たのもいつだっただろうか。少なくとも手持ちの花火で遊ぶのは、それよりも更に遠い過去の事になるのに気付き、はすぐに振り返るのをやめた。
 きらきらと光る火花がの目を楽しませていると、ふいに山田がの名を呼んだ。

「今年のプリズムキングカップ、どうするんですか」

 四年に一度開催されるプリズムキングカップには、も山田も、楽しい思い出と苦い思い出の両方を持っている。山田が口にしたのはお互い避けていた話題であり、あまり考えないようにしていた話題でもあった。
 動きを止めて山田に目を向けたものの、すぐに視線をそらし、火花が消えてゴミとなった花火を袋に詰めていく。

「行くつもりはない。俺は誰がキングになるかなんて、どうでもいい」

 人気のプリズムスタァがいることはもちろん知っている。
 興味がないわけではなく、今回のプリズムキングカップに誰が出るかなんてもちろん確認済みではあるし、それがの仕事にも繋がってくるのだから、無関心、という訳ではないのだ。

 ただ、そう思ってしまった切っ掛けは。

 「俺にとってのキングは、今も昔も、お前だけだから」
 
 が山田と出会ったのは、四年前のプリズムキングカップより少し前の時期だったが、今でも初めて会った時の事を覚えている。より年下で、まだ学生だった彼のプリズムショーは、スタイリストとして何人もの人間を見てきたが、彼ほど楽しそうに笑い、踊り、ステージを駆け回る人間を見たことがなかった。きらきらと笑顔を振りまきながら、見ているこちらが楽しくなるようなプリズムショーを見たのはその時が初めてで、そのステージに立っていたのが山田だった。
 その時からにとって、山田が全てだった。山田が仕事を辞めた今でもそれは変わらず、が着飾りたいと思う人間は、今でも山田ただ一人だ。
 
「あ、これ忘れてたな。ほら」

 締めとばかりに残しておいた線香花火の二本のうち一本を山田に手渡し、先端部分に火をつける。
 動かさず、出来るだけ長い時間、その明かりが灯るようにも山田も手を動かさないようにしていたが、の腕が少し動いた事を切っ掛けにの花火が静かになった。

 「……さんって、バカだよね」
 「うるせー。自覚はしてるよ」

 追いかけるように山田の花火も明るさを失くし、煙の臭いと花火の余韻に浸りながら辺りが暗くなったのを良い事に、は山田の顔が少し泣きそうになっていた事には気付かないふりをした。


(2017.10.07)
文章リハビリ部 第128回 「夏が終わるね」提出より

inserted by FC2 system