フィオナ騎士団のディルムッド・オディナといえば、女性に人気があることで有名だ。もちろんこの男がそれだけで有名でないことははよく知っていたが、目の前で女性に迫られている彼を見ていると羨ましいという感情を通り越して、同情の思いが湧いてくる。彼が人気があるのをいいことに手当たり次第女性に手を出すような男ならば、とてそんな感情は抱かなかっただろう。だが、の知るディルムッドはどれだけ人気があっても女性とはある程度距離を保って接していたし、また、彼自身の性格も良く、好青年という言葉が実に似合う男だったから尚のことだ。

 彼は今日も女性に囲まれて整った顔を曇らせていた。それすらも絵になるのだから顔が整った奴は何をしても得だと思いながらもはディルムッドに近付き、彼の肩を軽く叩く。

「よぉ、ディルムッド。今日も相変わらずだな」
!」

 助かったとばかりにの顔を見たディルムッドが顔を明るくさせた。どうやら今回の女性は気の強い人達ばかりらしく、がディルムッドに話し掛ける前から突き刺さるような視線を向けられていたのだが、とて困っている友人を見捨てるほど薄情な人間ではない。

「お取り込み中悪いが、フィンが呼んでるぞ」

 が女性からディルムッドを引き離す時は、決まってこの言葉を使っている。フィオナ騎士団の団長であるフィンのはディルムッドと同じ位、いや、それ以上に知名度があるからだ。フィンはとディルムッドの上司に当たる人物であり、ディルムッドが上司からの命令を無視するような男ではないことを女性達もよく知っていて、彼女達からディルムッドを引き離すには丁度良い言葉だった。毎度使っても女性達から何も言われないのはフィンとディルムッドは仲が良く、呼び出されること自体はそう珍しいものではないからだ。

 今までを睨んでいた女性も、ディルムッドが呼び出しを受けていることがわかると名残惜しそうにディルムッドから離れる。中には必死で引き留めようとする女性もたまにいるのだが、今日の女性たちはそんな素振りはなく、ただひたすら熱い眼をディルムッドに向けていた。思ったよりもすんなりと彼女達から引き離すのに成功したは密かに安堵しながらディルムッドは連れてフィンのいる城へと歩き出す。

「いつもすまない」
「別に構わないさ。このせいで俺が一部の女性から恨まれているらしいが、俺はこれっぽっちも気にしていない」
「…今度飯でもご馳走する」
「たらふく食ってやるから覚悟しろ」

 ディルムッドが女性に絡まれている所を助けたのは、もう両の手で足りない程になっている。そしていつからか、ディルムッドとの会話は恒例になりつつあった。それ程までにディルムッドは女性に絡まれている。

「それにしても、厄介な魔術だな」

 はディルムッドの目の下にある泣き黒子に視線を向けた。ディルムッドの顔、正確には右目の泣き黒子には魅了の魔術がかけられていて、魔術を携わっている女性であっても魅了されることがあるらしい。それに加え、ディルムッドはもともとの顔の作りが良く、色恋沙汰に巻き込まれるのが日常茶飯事だった。そのせい、と言うべきか。ディルムッドは特定の女性と付き合うのを自粛しているようで、噂話もこれといって聞いたことはない。

「好いた相手に掛かってくれなければ意味がない」
「…お前、好きな奴がいたのか。初耳だぞ」
「誰にも言ってないからな」

 ディルムッドがに視線を向ける。その視線に気付いたとディルムッドの互いの目が合うが、はすぐに視線を逸らした。いくら綺麗な顔をしている男とはいえ、は同姓と見つめあう趣味を持ち合わせてはいない。隣を歩くディルムッドは小さく溜め息を吐くと、そのまま城に着くまで口を開くことはなかった。道中、ディルムッドの意中の相手の話を期待していたは少し肩透かし食らった気分だったが追求はしなかった。

 ディルムッドとて、一人の男だ。好いた女性がいたとしてもおかしくはない。はディルムッドも恋で悩むことがあるのだと知って、少し嬉しかった。大抵の女性は黒子の魅了に惑わされ、ディルムッドが恋に落ちる前に恋しているからだ。そんなディルムッドが落とせない相手を興味が湧かない筈がない。

「…ま、別にその黒子の効果がなくともお前は充分女にモテる要素は持ってるさ」

 顔も良く、性格も良く、腕も強い。例え魅力の効果などなくても、そんな完璧な男を女性が放っておく筈がない。欠点らしい欠点もそれ程見当たらず、多くの女性に慕われている。故に一部の同性から憎まれつつもあるが、それはほんの些細な事と言っていいだろう。

「相談ならいつでものってやる。頑張れよ」

 はお節介だと思いながらもディルムッドに声をかけた。だが、の言葉でディルムッドが少しだけ落ち込んだのを、は知る由もなかった。


(2013.06.24)

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