so far.(ギルガメッシュ)

 言峰綺礼は私室に居座る世界最古の王・ギルガメッシュに目を向けた。聖杯戦争が始まってからというものの、彼は勝手に綺礼の私室に潜りこみ、こうして貯蔵しているワインを飲み干していくのだ。既に両手では数えられない程のワインを開けられてしまっている。綺礼の師である遠坂時臣のサーヴァントでありながら単独行動というスキルを持つギルガメッシュは、いつの間にかこの部屋の主人に成り代わっていた。

「今日もまた遅かったではないか、綺礼」
「……何故ここにいる」
「時臣があまりにもつまらんのでな。仕方がないのでここにあるワインを飲みに来たまでよ」
「それは私のワインなのだが。……まぁいい」

 ギルガメッシュの勝手な振る舞いを不本意ながらも慣れつつあった綺礼は、早々にワインを諦めると手にしていたものを放り投げた。

「もっと優しく扱え! このクソ神父!」

 放り投げられたは綺礼を睨む。
 ギルガメッシュの目を盗んで勝手に現世を歩き回るのがの楽しみだったというのに、一度綺礼に見つかってからというもの、は度々ギルガメッシュの所へ届けられている。

 綺礼は涼しい顔をしながらを見た。
 頬を膨らませて拗ねるはただの子供のようにしか見えず、師である遠坂時臣の息女である凜よりも幼い子どもに見える。ギルガメッシュから、事前に「」という財宝が人の姿に成ったものであると説明を受けていなければ、今でも綺礼はこの子どもがただの人であると思っていたかもしれない。
 この男の持つ財宝は数え切れず、綺礼が思い付く財宝の形は、どうしても武器を筆頭に連想してしまうのだが、この様子では他にもいろいろあるのだろう。

「……、貴様、この我の許可なくまた勝手に''王の財宝''から出てきたのか」

 を視界に入れたギルガメッシュの眉間には皺が寄せられている。先程まで機嫌よく人の酒を飲んでいたくせに、今では心なしか声も低く、機嫌を損ねているのは一目瞭然だ。

 ''王の財宝''はギルガメッシュの意思により開く。
 しかし、に至ってはギルガメッシュの意思がなくとも自在に扉を開き、自由に出入りすることが可能だった。もっとも、ギルガメッシュの財の中で''王の財宝''に出入りできるのはだけであったし、''王の財宝''はが通るだけで精一杯のため、他の財を持ち出すことは出来ないらしい。
 ギルガメッシュは「」という財を気に入っている。だからこそ、自分の知らぬうちにが勝手に''王の財宝''から抜け出すことは、ギルガメッシュの機嫌を損ねるのには十分だった。
 がこうして出てくるのはこれが初めてではない。外の世界が珍しいのか、はギルガメッシュの目を盗んでは外の世界を遊び回っていた。
 そして、運がいいのか悪いのか、綺礼はが遊びまわっている姿を目撃することが多い。アサシンの報告から知ることもあれば、綺礼が街中へ出歩く時に遭遇する。その度に綺礼はの首根っこを掴んでギルガメッシュのもとへと運んでいるが、日が経つとはまた''王の財宝''を抜け出して遊び回っているので、綺礼の苦労は無駄な労力になりつつあった。

「でもギルガメッシュ。ボクはキミの所有物だけど、ずーっとあのままあそこに居たら、ただのインテリアになってしまう」

 ふん、とはそっぽを向いた。悪びれないその顔に反省の色はなく、酒の匂いが充満する綺礼の部屋には暫く無言が続いたが、そんな静けさを裂くようにギルガメッシュが溜息を漏らす。僅かとなっていたワインボトルの中身をグラスに注ぎ、液体が流れる小さな音が部屋に響く。注ぎ終えたボトルを机に置いたギルガメッシュが一口喉を潤した。

「……雑兵程度にお前を使うつもりはないぞ、
「けち」
「王を侮辱するか」

 ギルガメッシュの赤い瞳がを睨む。
 刺すような視線にの瞳がじわじわと水の膜が張った。違うもん、とは震える声で口にしたが、ギルガメッシュはただを見つめている。

 とて、ただ遊びたくて現界している訳ではない。いや、何割かは外の世界が珍しく、色々なものに興味を惹かれているのには間違いないのだが、如何せん、の王は気紛れで、慢心しがちな自由気ままな王だった。聖杯戦争に参加してる現在でさえ、ギルガメッシュは本気を出そうとしない。ギルガメッシュが本気を出さないという事は、が使われる出番がないということだ。
 ギルガメッシュが''王の財宝''からどの武器を選び、使用するかはギルガメッシュ次第であり、ギルガメッシュの武器であるが自分を使って欲しいと思うのは当然のことだった。
 がこうして''王の財宝''から度々出てくるのはそうした気持ちからくる単なる自己主張でしかない。だからこそは、ギルガメッシュの言葉が不満だった。武器は使われてこそ価値があり、今は人の身に姿を変えてはいるが、は間違いなくギルガメッシュの武器の一つであるからだ。
 そんなを見てギルガメッシュが呆れたように口にする。

「時が来ればまた遊んでやろう。それまで暫し待つが良い」
「……約束だからね」

 それでもまだ不満はあるのか、変わらず不貞腐れた顔をしているの髪へギルガメッシュがさらりと撫でた。は目を丸くしてギルガメッシュを見つめるが、ギルガメッシュはその様子を気にすることなく撫で続ける。

「我は嘘は言わぬ」

 ギルガメッシュは気分屋だ。
 けれども、は今までギルガメッシュに嘘をつかれたことは一度もない。それがいつの事なのか明確には言わない癖に、ギルガメッシュは約束をした。
 が甘えるように擦り寄ると応えるように撫でられ、は嬉しさからギルガメッシュの頬へと口付ける。

 何度も外へと出ているだが、構ってほしい気持ちは強いが怒られたい訳ではない。ギルガメッシュに怒られるのが嫌で見つかる度にすぐに''王の財宝''へと帰ってしまう為、ギルガメッシュと顔を合わす時間はとても短く、触れられたのは久しぶりのことだった。
 精一杯甘えて満足したはギルガメッシュから少し離れると、そっと目を閉じる。刹那、の身体が少しずつ金色の粒子へと変わり、瞬きの間にの姿が部屋から消えた。

 が完全に姿を消すと、部屋は綺礼とギルガメッシュの二人だけになり、再び静寂が訪れた。ギルガメッシュは今まで無言で二人のやり取りをみていた綺礼に目を向ける。

「ところで綺礼。アレを連れて来たことは褒めてやるが、粗雑な扱いをすると次は許さんぞ」
「……随分と気に入っているんだな」

 召喚されてから然程時間は経っていないが、ギルガメッシュが愛着を持つものなどほんの一握りだ。その中に、綺礼にしてみれば我儘な子どもをギルガメッシュが気に入っている事自体が奇異にみえる。
 ギルガメッシュは小さく笑いながらグラスに残っているワインを全て飲み干した。周りの瓶も全て空だというのに、ギルガメッシュが酔った素振りは微塵もない。

「この世全ての物が我の物であるが故に、もまた我の物だ。それに、アレは我にしか扱えん。愛着が沸くのも当然であろう?」

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