「ええもん!平次なんか知らへん!と一緒に行くわ!」
「おー、さよか。も付き合わされて可哀想に」

 目尻に涙を浮かべた和葉が見慣れた高校生探偵に悪態をつくのは見慣れたものになっている。
 それもその筈、はこの二人の幼馴染で、平次が和葉を泣かすのもいつものことだし、和葉が泣いて、が慰めるのがいつもの流れだからだ。時折、二人できちんと話し合って仲直りしているみたいだが、和葉がに泣きつく回数は昔とそれ程変わらない。和葉が泣き虫なのが悪いのか、高校生にもなって小学生レベルの言い合いしかできない平次が悪いのか。
 というか、多分平次のせいだ。そうだ、うん、絶対。

「平次のアホぉ!」

 二人の喧嘩を聞くのは慣れたもので、右から左へと流してる間に和葉が走り去っていくのが見えた。泣いてる女の子をあまり放っておきたくないのだが、以前そのまま和葉を追いかけたら和葉が得意とする合気道で吹き飛ばされたことがあるは、和葉が少し冷静になるまで放っておくと決めている。
 なんやねんあいつ、と口を尖らせて呟く平次には呆れるしかないが、その顔には罪悪感が滲み出ていた。

「(そんな顔する位やったら、泣かせへんかったらええのに)」

 平次を見る度に、もどかしい気持ちになってしまう。
 毎度泣かせてしまう平次や喧嘩の度に泣いてしまう和葉も、そんな二人が放っておけない自身にも。

 生まれた時から一緒にいて、当たり前のように平次と和葉の隣で過ごしてきたは、二人が喧嘩をする度に和葉の涙をみてきたことになる。和葉が泣くのはいつだって平次のせいで、和葉が笑う理由も平次だ。にはそれが嫌だった。出来れば和葉には泣いてほしくなかったし、の前で笑ってほしかった。
 そのことに気付いた時、は初めて自分が和葉が好きだと自覚した。いつどういう理由でなんてわからない。一緒に居すぎて良い所も、悪い所も全部知っている。泣き虫な所も、お化けが怖い事や、お菓子が好きなことだって。
 でも、和葉が好きなのはではなく、平次だ。
 改めて思うと和葉はずっと平次の事が好きだったのだろう。は和葉には何も言わず、平次には悟らせることもなかった。

 それでも、ずっと二人と一緒にいるのは辛かった。
 和葉は相変わらず平次のことしか見えていなかったし、平次も、和葉の事を気にかけていることはすぐにわかった。
 そんな状態の中でずっと同じ学校、同じような生活をしてきた二人を突然避けるのには中々無理があったものの、進学という理由で二人とは別々の高校に進んだが、生まれた時からずっと一緒にいる二人とは高校が別になった程度ではあまり疎遠にはならず、まるで自分の部屋かのようにの部屋で寛いでる二人がいたし、和葉が泣く度に駆け込み寺のようにの所へ来るのだから、疎遠に出来る筈もなかったが、それも高校入学して最初の頃だけだった。
 どうやら二人に東京で友達が出来たらしく、頻繁にやり取りしては休みを使ってちょくちょく東京に遊びに行っているらしい。

、最近忙しいん?」
「泣いてる女の子を慰める程度には暇あるつもりやけど」

 いつものように喧嘩をして泣かされたらしい和葉は、の部屋に訪れては平次の愚痴を散々ぶつけ、ようやく怒りを鎮めた所だった。

「そうやなくて! なんか最近、元気ないみたいやし疲れてるんかなって」
「別にそんなことあらへんよ」
「いっつもには平次の話聞いてもらってるし、もなんかあったらいつでも言ってな」
「……その時が来たら頼むわ」

 和葉の頭を軽く撫で、和葉を家まで送る。
 距離にして一分あるかないかの位置にある和葉の家は、家の前まで行かずとも玄関先は見えているのだが、いつの頃からかは必ず和葉を玄関先まで送るようにしていた。

「いつもおーきに」
「はいはい」

 自宅先に帰ろうと背を向けると、パタンと扉が閉まる音がした。
 は部屋で和葉に言われた言葉をそっと思い出す。

「言えるわけ、言えるわけない」

 和葉の優しさがただただ痛かった。
 和葉は何も悪くないし、ただを心配してくれただけだということはわかっている。
 でも、今のには、和葉の優しさを受け止めることは難しかった。

 だって、和葉は昔から、平次のことしかみていない。
 が和葉に対する気持ちを告げた所で、わかりきった答えしか返ってこないのは、何年も和葉に恋をしているが、一番よくわかっていた。


同一プロット企画 「横恋慕」提出より
2018.05.06

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