そういえば、と白野はふと思う。白野のサーヴァントであるのことだ。サーヴァントの真名は隠すことが常識である聖杯戦争において、彼は召喚した時からあっさりと自分の名を口にした。それは白野が契約者だったからと最初は考えていたのだが、彼は白野だけでなく凛やレオ達にまで早々に真名を明かしている。彼には真名を隠す気はないらしく今では全員が気にせず彼の名を呼んでいるが、相変わらずについて知り得たことはない。凜やレオもという英雄の名に心当たりはないらしく、相変わらずは謎に包まれたままだった。




 が槍使いということ以外何も知らない白野が頼ったのは、殺生院キアラのサーヴァントであるキャスターのアンデルセンだった。図書室でについて調べようにも、がどこの国の英雄なのか未だに検討のつかなかった白野は、アンデルセンの批評からのことを知ろうと思ったのである。

「それで俺のところに来たというわけか、マヌケめ」

 小さな身体で顔に削ぐわぬ暴言を吐く彼が、現在まで愛され続けている童話を作ったのだと聞いたら何人の人が信じるだろうか。だが、彼は白野の知る限り、誰よりも人を批評することに長けていた。彼の毒舌とも言える批評の中に少しでもに繋がるものがあれば、図書館にある書物の中から探すことが出来るかもしれない。

「おい」

 霊体化していたが静かに白野の隣に立つ。白野が顔を向ければ、は顔をしかめて大きく溜め息を吐いた。

「俺について調べるのは勝手だが、敵のサーヴァントに頼るなんてお前くらいだぞヘボマスター」

 マスターであるキアラがこの旧校舎やサクラ迷宮で戦闘する気はないと早々から告げられていることもあり、白野はアンデルセンから他のマスターやサーヴァントについて何度も尋ねたことがある。その度に彼は答えてくれていたから白野はアンデルセンを頼ったのだが、やはり問題があるのだろうか。白野が首を傾げると、アンデルセンが目の前に立つ主従を見て小さく笑った。

「苦労しているようだな、槍のサーヴァント。これが表の聖杯戦争なら貴様のマスターはあっさりと俺に殺されても文句は言えん状態なのだから、わからんでもないが。だが、俺はこれっぽっちも役に立たない三流の最弱サーヴァントであり、ここは月の裏側でどこぞの馬鹿な女のせいで聖杯戦争も起きていない」

 警戒するだけ無駄だぞ、とアンデルセンが言う。はアンデルセンを見定めるように目を細め、暫くしてから警戒を解くとどこか疲れた様な顔をしてアンデルセンに問いかけた。

「……それで、坊ちゃんが俺について話してくれるって?」

 “坊っちゃん”という言葉にアンデルセンが眉を寄せるが、に他意はない。アンデルセンは腕を組み、に視線を向けると口を開いた。 

「この男は誰よりも英雄とは程遠く、歴史に名を残せなかった負け犬だ。“神”を殺しておきながら殺した“神”を崇拝し、“神”から施しを受けたにも関わらず、信じた“神”に殺された哀れな男。独占欲とずる賢さだけは人一倍で、手にしたものを放さないその執着心は、ある意味狂気と言えるだろうよ」

 アンデルセンの毒舌混じりの批評を聞いて白野がの顔を窺うと、はじっとアンデルセンを見つめている。の口から批評の文句の一つや二つ出てくるのかと思っていた白野だったが、は口を開く様子はなく、その顔は無表情に近いだろう。

 白野はそんなにどこか引っ掛かりを覚えつつ、アンデルセンのへの批評を思い出す。アンデルセンの言葉の中には気になる単語が幾つか出てきたのだが、まず一番最初に気になったことは、やはり真名のくだりである。

「歴史に名を、残せなかった……?」

 どういうことだと、白野は思考を巡らせた。アンデルセンの言葉通りの意味ならば、の名はどこを探しても見つからないということになってしまう。しかし、英雄は何かしらの功績を残して歴史に名を刻む者が大半だ。だから聖杯戦争のマスターは自分の英霊の真名を隠し、敵のサーヴァントの真名を暴いて対策を立てようとする。凛やレオ達も、表の聖杯戦争では相手の真名を突き止めて、今まで勝ち続けてきたのだろう。そもそも英雄でないならば、が英霊として呼び出された理由がわからない。

 白野はに目を向けた。一体この男は誰なのだろう。じっと見続けていると白野の視線に気付いたと目があったが、その目はすぐに逸らされる。

「……一つ言っておくぞ、キャスター。俺は“神”に殺されたんじゃない。――“神”を信じた“人間”に殺されたのさ」

 はアンデルセンにそれだけ言うと背を向けて、霊体化してその場から姿を消してしまった。白野はアンデルセンに声を掛けられるまで、の言葉が耳から離れなかった。


(2013.08.20)

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