白野は自分のサーヴァントである目の前の男の扱いに困り果てていた。
 白野を出会った当初から見下したようにヘボマスターと呼び、口も悪けりゃ手も足もでる。乱暴で我儘で、相性最悪のサーヴァントと呼ばざるを得ない男の扱いなど、魔術師として素人同然の白野には知る筈もない。
その手に槍を持っていたことからクラスはランサーだと推測できたが彼はどこの英雄なのか、白野に全く話すつもりはないらしい。
白野が唯一手にしたこの男の情報は、ランサーが自分で名乗ったという名だけだった。




「きちんと戦ってくれないか」

 サクラ迷宮の中を探索することになってから、もう何度目になるだろうか。白野がに向かって言ったのは、これが初めてではなかった。迷宮に入った頃は渋々ながらも白野の指示に従っていたのだが、奥へと迷宮を進む内に全く指示を聞かなくなったのだ。
 敵を見つけて戦闘するのは構わない。だが、白野の指示なしで戦い始めるこの男との迷宮探索に不安を抱いたレオ達が、迷宮探索を一時中断して白野とが話し合う機会を与えてくれた。

「戦っているさ。ちゃんと敵は倒しているだろう?」
「そういうことじゃない」

 白野とが睨みあう。
 お互い、言いたいことは沢山あった。まず白野は自分の指示なしで戦うに不満を持っていたし、もまた、白野の的外れな指示にはうんざりしていた。

 召喚された時から白野に記憶がないことは、は直接白野から聞いてはいたが、実力も経験も乏しいマスターなどは興味がなかった。加えて、迷宮内の敵はにとって雑魚ばかりで、面白いことなど何もない。はただ、強い敵と戦えればそれで良かった。欲を言うなら優れた魔術師がマスターであれば最高だった。だが、いざ召喚されて待っていたのは優秀とは程遠いマスターと、弱い敵ばかり。マスターのランクに合わせて召喚されたこともあり、本来のステータスよりも著しく低下していることは身体の鈍さですぐにわかり、そのこともあっての苛立ちは増すばかりだった。

 そんなの苛立ちは白野へと向けられ、次第に白野からの指示を従わなくなった。
 マスターへの守り方も雑になり、迷宮内で探索することも、雑魚ばかりとはいえ戦うことには嫌ではなかったが、どうしても白野をマスターとして従うことに抵抗があった。そもそも、は自分が認めた人以外の下につくのは好きではなく、白野と同等の人間がマスターであっても同じ態度をとっただろう。便宜上マスターと呼んではいるものの、は白野をマスターだとは思っていなかったし、思いたくなかった。

「アンタの言う通りにしてたら命が幾つあっても足りないんだよ」

 が白野の言葉に従っていた頃、戦闘に慣れてない白野は指示を間違えることが多かった。間違えるだけならまだいい。だが、迷宮に入りたてということもあり、サクラメントも回復アイテムも所持していないのだ。
 の体力も無限ではないし、何度も白野の指示のミスで体力限界に陥り、その度になんとか回復してきたものの、にも我慢の限界というものがあった。結果、は白野の指示を無視するようになり、一人で戦闘するようになった訳だが。

「気に入らないならさっさと令呪を消費して契約を断ち切ればいい。いっそ、令呪で俺を従わせてみるか?いいぜ、俺はそれでもな」

 白野は手の甲に宿った令呪に目を移す。
 まだ一度も使用していない三画の令呪は綺麗な模様を描いていた。このままとの関係が進めば、令呪の使用は必要になってくるだろう。だが、白野はに令呪を使うつもりはなかった。戦闘はサーヴァントに任せるしかないが、サーヴァントとの関係は白野がなんとかしなくてはならなければならず、ましてや令呪を使った関係になってしまえば、白野とが心を近寄らせることは二度と来なくなるだろう。
 何より、白野もマスターとしての意地があった。

 の態度から嫌われていることも、指示を無視する辺りマスターとしてもみられていないことはわかっている。
 戦闘の指示においては白野の実力不足で間違いなく、不名誉とはいえ、ヘボマスターと呼ばれても仕方がないと思っている白野だが、このままでいられるとは思っていない。白野は成長しなければならなかった。月の裏側から出るためにも、皆に迷惑をかけない為にも、表に戻った時、聖杯戦争で勝ち抜くためにも。
 どんな状況に置いても諦めるということだけはしたくはない。

 それに、白野はまだこの男の事をよく知らない。
 名乗った名とクラスしか知らず、彼はどういった英雄で、どのような功績を残したのか。まだ見ぬ宝具も、槍の名も、何もかも。
 確かには我儘で乱暴で、白野の言葉を無視する問題ばかりのサーヴァントではあるが、白野が呼び出したことには違いなく、交わした言葉も多いとは言えないだろう。相変わらずの目は冷たいものだったが、白野はそれでも構わなかった。白野もも、お互いを知らずにただ契約しただけの状況で信用してもらう事の方が難しいのだ。

「令呪を使うつもりはないよ。今すぐには無理でも、俺をマスターとして認めて貰えるまで頑張るさ」
 
 そう宣言した白野には目を丸くし、深く息を吐いた。が白野をマスターとして認める日はきっとこない。
 はそう思っていたものの、白野の意志の強い目に、密かに口端を上げていた。


(2013.06.24)

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