織田軍に勤め始めて早幾年。
 気づけば織田信長の小性である森蘭丸に懐かれたのはそう最近の話ではない。切っ掛けは些細なことで、その日、あちらこちらでお偉方のお茶の相手をしていたが土産にと貰った甘味を自分一人では処分できなくなり、たまたま通りがかった蘭丸にあげたことが最初だったように思う。
 美味しいと頬張る子どもの様子は実に可愛らしく、なんとも微笑ましい光景だった。

 そういったことが何度続いただろうか。
 普段から蘭丸は信長の小姓として仕え、は事務官として仕えている。戦にでもならなければ会話はおろか、すれ違うことすら無いというのに、が甘味を持て余す度に現れる蘭丸をどこか不思議に思いながらも、「まぁ、甘味を処分できるなら……」という気持ちで蘭丸に甘味をあげ続け、今では習慣のようになっていた。
 その様子を一度、明智光秀に見られたことがあり、「まるで餌付けですね」と言われたことは記憶に新しい。その言い方が気に入らなかった蘭丸は光秀に深く憤慨していたが、は否定せず、ただ苦笑いを浮かべるだけだった。
 実際、もどこかでそう思っていたからだ。
 
*

「蘭丸殿はいつも美味しそうに食べてくれますよね」

 ぱく、と小さな口が含んだ甘味は城下町で有名と言われている団子だった。
 も何度か食べたことがあり、有名なだけあって舌触りも味もよい。それを次から次へと蘭丸の胃の中へと消えていくのだから、気に入ってくれたことは一目でわかった。

「なんだよ、突然」
「そのような顔をして食べて下さいますと、私も差し上げたかいがあるなぁ、と」

 頬についた食べかすも気付かぬ程に夢中になっている蘭丸に小さく笑う。
 織田信長の小姓ならば、いくらでも美味しいものを食べているだろうに、のあげた甘味を必死で頬張る姿は可愛らしいの言葉以外に表す術をは知らない。
 もっとも、蘭丸は子ども扱いは勿論の事、“可愛い”といった言葉を嫌がる為にそういった言葉に気をつけてはいるものの、歳が一回りも二回りも離れている子の前では、そう思わざるをえなかった。 

「おい、
「なんでしょう」
「口を開けろ」
「……はい?」
「いいから!」

 団子を食べ終えた蘭丸がそわそわと落ち着きのない様子でを窺っている。
 蘭丸の様子には首を傾げながらも大人しく従うと、口の中に小さなものが放り込まれた。怪しげなものを口に入れられて一瞬、身体が強張らせたものの、舌に広がる味には目を丸くした。

「……甘い」
「蘭丸が信長様に頂いた金平糖だ!」
「金平糖…これほど美味いとは知りませんでした」
「ふふん!そうだろう!」

 嬉しそうに笑う蘭丸につられ、は笑みを浮かべた。
 が甘味を蘭丸にあげて、他愛ない世間話を少しだけして、いつも通り仕事に戻るのが常であり、蘭丸から何かを貰ったことは今まで一度もない。
 目の前の子どもから何か欲しいとも思ったことはなかったが、蘭丸が褒美として貰っていたという希少価値とされる金平糖をお裾分けしてもらえるとは、は思っていなかった。

「蘭丸殿、有難うございます」

 まだ袋に入っているのであろう金平糖の袋を蘭丸はぎゅっと強く握りしめる。

 普段の蘭丸ならば、大好きな主君に貰ったものを他の誰かにあげることなど絶対にしない。主君である信長や濃姫であれば話は違ってくるが、蘭丸が嫌いとする光秀や、その他の部下などもっての他だということを、目の前の男はわかっているのだろうか。
 ましてや金平糖は蘭丸の大好物だ。たった一粒。されど一粒ではあるが、蘭丸がにあげたのは他でもない。

「……早く気付けよ、鈍感」

 幸せそうな顔をして口に残る甘い味を堪能しているに蘭丸は小さく呟いた。
 蘭丸の手の届く小さな星に願ったのは、他でもない、この男のことである。


(2015.06.08 修正/再掲)
文章リハビリ部 第46回 「星に願いを」提出より

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