ヘルサレムズ・ロッドで知り合ったという男は、この街で自由気ままに生きてきたザップでさえも随分と変わった男だと認識する程だった。
 変わっているといっても、この街では当たり前のように闊歩している異界人のように、脳みそが剥き出しになっているわけでもなければ指が触手だったりなんてこともない。
 は少し前にザップの後輩になったレオナルドと同じような雰囲気を持つ男だった。なんの特徴も力もなく、ひ弱な、一般人。レオナルドのようにお人好しではなかったが、は流されやすい人間だ。人を疑う気持ちを持ち合わせている癖に、ザップが押せば簡単に流されて身体を許してしまったのだから。明るい太陽の下でぬくぬくと育ってきたようにしか見えず、血の臭いもしない男を何故組み敷いたのかは自他ともに認める女好きのザップでさえ未だにわかっていない。今ではただ後腐れなく、機嫌をとる真似もすることなく、ゴムをつけなくても良くて、身体を重ねると気持ちいいからだという理由だけで硬く、胸のない男を抱き続けている。
 そんな男と出会った切っ掛けも、度々会うようになったのも詳しくは覚えてはいない。ただ、いつの頃からかを見るとむくむくと湧き上がるのは性欲ばかりで、どれだけ愛人と楽しい時間を過ごした後でも、を見ると反射とばかりにザップの股間が反応した。

「ヤりてぇ」
「? 今からするだろうが」

 と会ってすることはいつだって同じだ。
 キスして、服を脱いだり脱がしたりして、気まぐれにまたキスして、ツッコむ。何をって、ナニを。
 そこに愛の言葉なんていらないし、優しく触れることも、労りも、ザップの覚えている限りではしたことはない。ただ本能のままに動くだけのセックスを、もう何回も繰り返した。

 手を出したのもどちらかだなんて覚えていない。
 ザップからだったかもしれないし、からだったかもしれないし、もしかしたらお互いが同時に手を出した可能性もある。それ程までにザップは手が早い――まぁ、その時までは女限定の話ではあったが――自覚はあったし、も戸惑った素振りなど見せなかった。
 何人もの愛人がいるザップであるが、やっぱり女の方が柔らかいし、甘い匂いがするし、なにより気持ちがいい。甘い言葉を囁いて、気分を損ねないように可愛がる。どの愛人にも求められたものだが、それを負担に思ったことはなかった。時折、刺されたり呪われたりもしているが、寸でのところで今もこうして生きている。まぁ、ギリギリ。
 男だなんて冗談じゃない、絶対にありえないと思っていたのに今では男であるを抱いているし、それが当たり前になっている。女を抱くことはやめられないが、を抱かない選択肢もザップの中にはなかった。

「ほらザップ、ヤろうぜ」
「……おう」

 甘い雰囲気もなければ、空気もない。
 に対してそれを望んだことはないが、こうもあっさりとした雰囲気から始めるセックスをザップはしたことがなかった。女が、それを求めないからだ。
 突っ込んでしまえば気持ち良くはあるが、女と比べればそこに到るまで時間も手間もかかるのが男の身体だ。
 優しさはなく、ただ本能のままにを荒々しく抱いた後は必ずは意識を飛ばした。もともとの体力が違うのだから仕方がないが、ナマで突っ込んだ後の処理もせずにそのまま寝てしまうことの方が多いのに、それについてもに文句を言われたことはない。

「(……そりゃあは愛人とは違ぇし。そもそも愛人じゃねーけど)」

 関係性をにして置き換えるなら、セックスフレンドというやつだろう。
 愛人と似ているようで、全然違う。はザップに食事を与えることも、住むところも、金も貸してはくれない。ただ与えてくれるのはの身体だけだ。
 唯一与えられた身体に精液をつけたまま、意識のないの身体のあちこちに、赤い印が散らばっている。女の身体には決してつけることはない噛み跡も、その際に出来たであろう血の跡も何もかもが残っていて、つけたザップでさえ痛々しく見える。最中は興奮しているせいかそんな跡をつけた記憶はないが、セックスする前は白い肌が見えていたの身体に散らばる跡を残したのは、間違いなくザップだった。
 そんな痛々しい跡があっても、治療も消毒もしたことはない。もともとクズだのなんだのと言われてはいるが、に関しては自覚する程にザップは酷い男だった。痛々しいを前にして、その姿にさらに興奮し、腕の中に閉じ込めることによってようやく満足して眠るのだから。

 ザップは生い立ちのせいか、眠りは浅いほうだった。
 微かな物音でも目を覚ますし、人の気配で起きることもある。しかし、そんなザップでもを相手にした時だけはそれが働いたことがなかった。ほんの僅かな時間のまどろみでさえもその隙をついて、はいつだってザップの腕の中からするりと逃げる。寝る前にどんなに強く掻き抱いて寝ていたとしても、ザップが目を覚ますとそこには汗と精液の臭いだけが部屋に広がっていて、の姿はどこにもない。
 ザップに愛人は沢山いるが、朝まで共に過ごさないなんて有り得なかった。ザップが寝坊していつまでもベッドの住人だったとしても部屋のどこかには必ず愛人がいて、部屋に残されることはないからだ。

 しかし、と寝た時はだけはそれに当てはまることは無い。シーツに残るの匂いも、汗も精液も何もかも、の痕跡は確かに残っているのに気付いた時にはいつだっての姿はどこにもなく、ザップはいつも一人きりで朝を迎えた。

「……くそったれ」

 一人の朝に慣れつつあるのに、ザップの胸の中には虚しさばかりが残る。をめちゃくちゃに抱いた時だけは欲を満たすことが出来るのに、朝になれば簡単にすり抜けていくを捕まえておくことができないもどかしさと、隣に誰もいない寂しさだけはいつまで経っても慣れることはないのに、それでもを抱くのを止めれらない。

 気持ちいいからなのか、それ以外の何かなのかだなんて、まだザップ自身にもまだわからない。
 自分から手放すことが出来ず、かといって、捕まえておくことの出来ないに抱いた気持ちに名をつけることも、認めることも出来そうにないのに、懲りもせず、ザップはまたを抱いて眠るのだ。


(2017.12.02)
文章リハビリ部 第132回 「残り香」提出より

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